会社にやって来た2人の経営コンサルタント

放漫経営がたたり資金繰りが行き詰った頃、起死回生の一打として社長が方針を決定『株式を上場しよう』 およそ2年ほど前 アラ太の勤める会社の話です。 その方針に沿って、2人のコンサルタントが社内に出入りし始めました。Aさん、Bさんとします。 どちらも社長が紹介された人物ですがAさんはコンサルティング会社の代表で海外のMBA取得者 Bさんは大手企業のCFOの経験もあり、現在は個人で事務所を構える公認会計士です。 おそらく組織運営はA氏、財務的な部分はB氏といった役割分担があったはずですが、Bさんは元経営者として事務全般広範なノウハウも持ち合わせていました。AさんはMBAホールダーですので一定の財務の知識がありました。
そもそも当社は社長が勤め人時代、業績を会社が正当に評価してくれないことで起業した、それが創業のきっかけというよくあるパターンの会社です。そしてこのパターンの人物にありがちなのですが、どこからそんな話をというような大きなプロジェクトを立ち上げる抜群のコミュニケーション能力を発揮する一方で、全て自分で決定したい、という思いが人一倍強い経営者です。そして社長の縁故者を社内の要職に配置しています。彼ら管理者の裁量で物事が決定され、社内ルールは未整備であったり形骸化したルールであったりということが多々あるような状態です。
株式上場のプロセスとして、コンサルタントが社内をヒアリング、法的なものも含めた問題の洗い出しと整備 それと同時に収益計画の決定 それが定石です。 まずはこれらにAさんBさんが着手しました。 社内でもAさんBさんをサポートするプロジェクトチームが立ち上げられました。 構成は社長の縁故者で番頭とされる人物Cとその下で会計の実務を行うD そして社歴が長く社内の営業案件を広く知る営業社員E 役員秘書F それにA,B両名を加えた6名のチームです。
AさんとBさん 同時に別個に社内のヒアリングを始めました。社内の各事業部へ出向き、それぞれから取引先との関係、収益予測、実務の状態などをヒアリングです。 そのチームにより大方のヒアリングと分析が終わり、2人のコンサルタントが別々に出したレポートは会社にとり、共通して非常に厳しいものでした。 既存の事業は社長のコミュニケーションに依存した大手企業からの発注によるものであるが、収益性は厳しい上に、一強の大手企業依存から脱却する事業部としての体力が乏しい 2人のコンサルタントの共通した見解でした。それに加え、大手企業のバックボーンがあって実行された銀行からの融資の額も限界になって来ていました。
AさんBさんは異口同音に組織体制の強化を進言しました。財務の透明化、健全化 業務の省力化・一本化 それを可能にする組織体制の刷新 同時に従業員の労働条件の適法化と業績評価の実施 コンサルティングの教科書通りで 中小企業診断士の科目でも同様のことがテキストに書いてあります。  それに対し、社長を含めた幹部社員から大変な拒絶反応がありました。 社長の私物であり、自由にしてきた会社を株式市場に売りに出すのですから既得権者にとっては身を切られる改革です。 彼らは交際費や住居費、あらゆる経費を会社で精算しながら会社に顔を出さずにお給料をもらう人たちです。 改革は一向に進みませんでした。
コンサルタント両氏の態度に変化が見られたのはここからです。コンサルタント会社社長Aさんは社長が拒絶反応を示すや、ただちに迎合し、『社長のご意見はごもっともですね』と丸く収めます。  一方でBさんはなかなか引きません。理詰めで社長に説明します。 『社長がおっしゃるようなことは以前ご自身がおっしゃったことと矛盾します。』『それは違法行為です。』『それは意味のないことです』 Bさんと社長は頻繁に大喧嘩を繰り広げました。 そしてそんなBさんをAさんは皆の前でいつも叱りつけました。『お前は経営者に自分の考えを押し付けるな。』一方で、社内に自分のファンを増やそうとするような動きもしつつ、毎月のコンサルティング料の請求に熱心でした。
社長が株式上場を断念したのはその後です。ほどなくしてAさんBさん共に御役御免となり、それぞれ去っていきました。彼らが去って1年が経とうとしています。
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